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4年前、ボクが東京から名古屋に移住することを決めたきっかけの一つとして、祖母の介護をしたいという気持ちもあった。

高校生の頃に母を亡くし、何も出来ない男ばかりが取り残され絶望的になりそうなところ、
それまでほとんど疎遠だった祖母や叔母の手料理にずいぶんと助けられた。

疎遠だった事情は複雑なようだが、末っ子のボクには過去のことがよく分からないことが幸いしたのか、理屈抜きで世話をしてくれた。
男性をたてることや所作ふるまいはもちろん、言葉のユーモアのセンスがあふれていて、遊びたい盛りの大学生になっても祖母と話すのが好きで食事を作ってもらいに通っていた。


92歳。数年前に転んでから寝たきりになっていたが死因は老衰。大往生である。
もちろん身体は数々の痛みがあったろうが、年配の方によく聞かれる「○○が痛い」という弱音は一回も聞いたことがない。
社会で働いたことがないそうだが、世の中の「正しい」「正しくない」の分別がはっきりしていて、常にポジティブで革新的な性格が大好きだった。物事の見方や考え方も勉強させてもらったような気がする。
今思うと、とてもクリエイティブな人だったと思う。日本はおしい人を亡くしてしまった。


葬儀はほぼ自分たちで考えて創った。
祖母の血を継いだボクたちは、どうやら形式張った業者に頼むのはあまり好きでないようである。
お花屋さんには名前の「花子」を花文字で作ってもらい、葬儀にはあまり使わない種類もわざと含めてもらい、祭壇から溢れるくらいの「お花畑」のようにしてもらった。
遺影はメインのものとは別に、祖母の若い頃の写真をいくつかスキャンして引き延ばしパネルも作った。
叔父は句を詠み、書にした。
ボクたちは資産こそないけれど愛ある自慢の家族だと思う。多分それは祖母から引き継いだものであり、仕事や人生に役立っている。


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早いもので四十九日。
例の叔父が喪主なものだから、法事なのにワクワクさせられる。

フレンチフルコースのケータリングをスチールラックの上で食べ、サプライズゲストとしてお琴のプロをお呼びして生演奏。「花」にまつわりこの季節ということもあり『秋桜』を演奏していただいた。
法事にサプライズがあるのはウチくらいなもんだろう。
困った出来事の多かった昔話も、もう笑い話になっている。


名古屋に住む理由の一つが無くなったけど、ここに居ることが気持ち良い。
息子にもこんな環境で育って欲しいから、しばらくはここに居ようかな。

『祖母を送る会。』

2014.10.2 Thu   post by sajihideyasu